ケンクリニック
奥澤 健院長
<略歴>
東京医科大学、大学院卒業。東京医科大学外科学第一講座助手、スウェーデン・カロリンスカ研究所留学を経て、民間病院で外科医、呼吸科医として活躍。国際医療福祉大学臨床医学センター准教授、東京・山王病院呼吸器センター医長を務めた。長崎大学熱帯医学研究所で学んだあと、2009年カンボジア・プノンペンに移住し、2010年にケンクリニックを開業した。
―奥澤さんは2010年、プノンペンで日本人医師として初めて、クリニックを開業されました。まず、そのきっかけからお聞かせください。
カンボジアに移住したのは2009年、46歳の時でしたが、その前にも1997年ごろからたびたび訪れてはいました。私の母が、1996年から縁あってカンボジアに移住していたからです。
移住前、私は日本で勤務医をしていました。安定はしていましたが、何か「物足りなさ」を感じ、チャレンジしたいという思いがずっとありました。カンボジアはちょうど経済成長のさなかにあり、訪れるたびにその変化を実感していました。また、日本への信頼も厚く、一方で医療はまだ途上にあることも目の当たりにし、この国でチャレンジしたいと思ったのです。
移住にあたって妻の麻美が、背中を押してくれたことは大きかったです。看護師であり、一緒にクリニックを立ち上げることができました。妻がいなかったらここまでできなかったと思います。
2010年2月22日、開業初日にSt.178にあったクリニックで
―それから13年、医師の目からみて、カンボジア社会はどう変化していますか。
生活習慣病がとても増えていると思います。一つの原因は、食生活です。カンボジアでは、そもそも食生活でコメをたくさん食べます。カンボジアだけでなく、この傾向は東南アジア諸国に共通していますが、国民一人当たりの一日のコメ消費量は、世界上位10カ国のうち7カ国が東南アジアです。1位はバングラデシュ、そしてラオス、カンボジア、ベトナム、インドネシア、ミャンマー、フィリピン、タイと続きます(2020年、国連食糧農業機関調べ)。日本は46位です。https://jasonshin.blog/world/ranking/world-ranking-rice-consumption-and-japan/
伝統的にコメをたくさん食べるうえに、濃い味付けや甘いものが大好き。そこへピザ、ハンバーガーといったファストフードが生活に流入してきました。その積み重ねが、生活習慣病を引き起こしています。
実際、「糖尿病有病率」をみると、2019年の時点で、カンボジアは6.4%。日本の5.6%をすでに超えているのです。母がカンボジアに移住した26年前には、街中で太った人を見かけることは少なかったそうです。でも今は、若い人や、子供たちも太った人が目立つようになりましたね。
カンボジアでは医療やインフラが整備されたこともあり、平均寿命は驚くほど伸びています。まだ内戦中だった1980年代には27.5歳。それが2015年には68.7歳、2020年には70.1歳にまで伸びています。これまでは、生活習慣病になっても、発症する前に亡くなることが多かったのでしょう。生活習慣病はあまり注目されませんでしたが、今は深刻な社会問題だといえます。
―コメや甘いものやファストフードが好き、という人たちには、奥澤先生が以前から紹介している低糖質食による健康管理を伝えるのは難しいですね。
はい。低糖質食の指導はクリニックでするだけでなく、医師や医学生向けに話をしたこともあります。英語での講義だったのですが、「コメの食べ過ぎは良くない」という話をすると、しらーっとしてしまいました。自分たちの食生活を否定されているようで、不快なのかもしれません。ケンクリニックのナースたちはよく理解してくれていますので、カンボジア人の患者さんにクメール語で説明をしてもらいますが、なかなかすんなりとは受け入れてもらえません。合併症で症状が出ないと真剣にならないし、理解をしてもらえないんですね。症状が出た人に低糖質食事療法を採り入れてやってもらうと、効果が出るので理解してくれます。
生活習慣病は、生活習慣の積み重ねで起きます。糖質の高い食事を何十年と続けていることが原因です。でも、生活習慣病になったからといって、後戻りができないわけではないんです。日本人でも同じですが、本人が、関心を持って、自分で勉強していくことが何よりも大切です。
外国人向けロカボ講演チラシ
―日本では低糖質のメニューや食品がいろいろと販売され、低糖質という言葉も浸透していますが、海外で暮らしていると、そうした商品が手に入らず、なかなか食事管理が難しいと思います。低糖質で健康に暮らすためのコツを教えてください。
まずは、糖質についてきちんと学ぶこと、理解することだと思います。なぜ糖質過多は身体に悪いのか、何が糖質を多く含んでいるのか、を基礎知識として知り、そうした食品を減らしたり、避けたりする工夫をすることです。外食の場合は、例えば白米を残す、あるいは初めから不要であることを伝える、ということができます。代替品を考えることもいいですね。例えば私は、ラーメンを作るとき、麺は「しらたき」を使います。コメのかわりに、「カリフラワーライス」を使うことも有効です。
渡辺信幸さんという医師が提唱している「MEC食」も、参考になります。肉(Meat)、卵(Egg)、チーズ(Cheese)を中心に、高タンパク質、高脂質のものを食べて食欲を満たす方法です。これらを先に食べれば、その分必然的に主食を食べる量が減ります。MECは洋食の方が摂りやすいこともあり、海外での外食でも、採り入れることができる食事法といえますね。
2020年の第1回低糖質まつりで提供したカリフラワー炒飯。普通のコメの炒飯の糖質量90gに対して、これはたったの5.8g。
―在外の日本人にとっては、日本人の「かかりつけ医」がいることは大変に心強いことです。プノンペンの医療事情は先生が移住されてからの13年でどのように変化しましたか。
総合病院から専門科のあるクリニック、歯科まで日系の医療機関が増え、日本人医師も増えています。それぞれに役割がありますので、連携をとってプノンペンの医療を支えています。医療者同士の会合も定期的に実施して、お互いに協力をしている状況です。
カンボジア人の医療人材も育ってきていますが、不十分な部分もあります。私は、医学教育で大切なのは卒後の教育だと思っています。現場で研修をしながら教わっていくことが一番大切です。カンボジアは医療人材の育成に努力をしていますが、まだこの「卒後教育」が十分ではないと感じる部分があります。
―奥澤さんご自身は、カンボジアの医療にどのように貢献していきたいと考えていますか。
これはカンボジアに来た時から考えているのですが、「湿潤療法」を広めたいと思っています。私は2004年から湿潤療法という創傷の治療法を採り入れています。けがをした時に、消毒してガーゼなどで保護して治すのが一般的な考え方ですが、湿潤療法は消毒をせず、水でよく洗って、乾燥させないことで傷をきれいに早く治すという手法です。
コロナ禍前は、この方法を広めようと講演をすることもありましたが、コロナで対面の講演ができなくなりました。オンラインの講演では今ひとつ聴衆の反応が分からないため、またぜひ対面での講演を再開し、カンボジアの若いドクターたちにこの方法を広めていきたいと思います。自分の使命だと考えています。
私の前職であった国際医療福祉大学が、医学部に留学生枠を設け、カンボジア人も毎年1~2名、行っています。2017年が1期生なので、まもなく1期生が卒業します。カンボジアに彼らが戻ってきて医療活動を始めたら、ぜひ様々な形で支援をしながら、湿潤療法を教え、広めていって欲しいと考えています。
それから低糖質食事法についても、イベントや講演を通してカンボジアで暮らす人々に浸透させていきたいです。これまでも低糖質食セミナーや低糖質まつりという形でみなさんに低糖質食事法をご紹介する機会を設けてきました。おまつりの屋台のように、楽しく、気軽に正しい知識を得るというイベントにしたいですね。そしていつか、自分のクリニックに、低糖質食だけを出すレストランを併設できたらいいな、と考えています。
2022年9月から開催しているFamily Picnicの様子。娘さんと「たこ焼き」をつくる奥澤さん。
Ken Clinic
#14A, St.370, Sangkat Boeng Keng Kong 1 (BKK1), Phnom Penh
Tel.+855 23 223 843 (日本語), +855 23 223 844(英語・クメール語)
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